『情緒的に健康な教会をめざして』訳者鈴木茂さん

週末、ザッと仕事を切り上げ、『情緒的に健康な教会をめざして:教会の成熟に不可欠なもの』(2000年6月発行)の訳者、鈴木茂先生のお話を聞きに行きました。(お友達の某団体、新年ミィーティグ)。同年代にしては引き締まった体型、白い厚手のセーターを着込んで、体育会系クラブのコーチのような明るさと暖かさが伝わってくる牧師さんでした。まさにタイトルのように健康で成熟したという言葉が似合うような・・・原書"Emotionally healthy church" との出会い、先生の必要と経験、ご夫婦、教会での変化を具体的に話され、とても魅力的でした。きっと全人格的語り(知・情・魂・体そして涙)、先生が自己を掘り起こし、受肉していった経験から出てそれでいて整理された話しだったからでしょう。「感情」と「情緒」を区別して話されました。感情をどう捉えるか、(ME(マリッジ・エンカウンター)では、お互いの感情をことばで伝え聴きあうのが大切な作業でした)。「感情を表現することで自分を知る」、うむうむ、感情に関わる、表すことばの自分の引出し、ちょっとチェックしたくなりました。最近、我が家では「espressivo」(表情豊かに)という言葉が流行っています。一輪車でのことですが、毎日のちょっとした話の中でもそうありたいものです。

「(プロテスタント教会は)義認で終わっている。救いの断片しか見ていない」との発言は同感です。

(12月末の一日人間ドックでこの本を読んでいました。病院の廊下とかで・・・霊性の人間ドックを受けたほうがいいって?心の声が聞こえてきます)

本の周辺記事より

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旧正月?

仲間と発行予定している「アーカイブズ」関係の本。自分の担当章原稿修正を終え、出版社に付録資料と共に添付メールしました。(送信ボタンを押す快感がありました。)あ~長かった!、年末から原稿とニラッメコ、机にへばりついてました。お正月明けの仮原稿締切り、そして修正と踏ん張りました。入門的実用書です。論理展開を分かり易く書くのに難儀しました。さて、無事出版されるか、発行予定日まで多難のスケジュールが待っています。お祈りください。

夜、習い事から帰ってきた子どもを出迎えるため外にでると、満月でした。まるで、ねぎらうかのように明々と私たちを照らしていました。私にとってようやくお正月がきたかのよう。

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謹賀新年 ナウェンの本から

あけましておめでとうございます

「十牛図」で始まった2009年、自分の内に住む牛とのおつき合いも終わり。

2010、今年は「とら」年。自分の内に住むトラを意識してみようと思います。(以前に参加したセミナーでは自分の内に住むオオカミを探すでしたが・・・)

Innervoice

"The inner voice of love : a journey through anguish to freedom "by Henri J. M. Nouwen 1996(邦訳『心の奥の愛の声』ナウェン著女子パウロ会2002)に、こんな1頁があります。「自分のなかのライオンと子羊を一緒に寝そべさせる」。「わたしたちの心の中にはライオンと子羊がいる。・・ライオンは自分の中の成人、攻撃的な自我。子羊は、臆病で無防備な部分。・・霊的成熟とは、・・・イエス様がもたらす神の国とは、私たちの内のライオンと子羊が、自由におそれなく一緒(隣)によこたわることができる時に始まる。」ふむふむ分かったような、分からんような・・・(西武ライオンズとヤクルトスワローズがいっしょになることかいな)まずは、尋寅にトラ・イ!であります。(* ̄ー ̄*)今年のよろしくお願いいたします。(いつもは、しばらくたって、心にとどまった思い出を書くのが常ですが、新年はいいでしょう。)

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押し掛けクリスマス読み聞かせ会

クリスマス deep 2009

クリスマスも目前の平日お昼。夫婦で押し掛け読み聞かせ会をおこないました。場所は、友人宅、昼食持参。絵本は、『ちいさなもみのき』マーガレット・W・ブラウンさく、バーブラ・クーニーえ福音館1993と『光です:クリスマスの祈り』のもみの木の頁 至光社c1993。

もみの木はいつもみどり・・・・・とっても元気です。神さまあなたは生命(いのち)です。みんなを元気にしてくださる、生命(いのち)のもとは神さまなのですね。

ちいさなもみの木がどうしてクリスマスツリーになれたか、さむざむとした野原でちいさなもみの木は、クリスマスなしではこの世はただ大きく冷たく空っぽにみえました。ベットに寝込んだままの男の子へのお父さんの暖かな思いやり。ラストでその男の子を先頭に子どもたちがカンテラをもってもみの木の場所まで来ます。読んでいてちょっと涙声になりそうでした。

病気の友を見舞いにきたのでした。帰り、晴佐久神父の『恵みの時:病気になったら』を悟られないようにそっとプレゼントして帰ってきました。病人本人の痛み、辛さ、言葉に出来ない微妙なひだには到底寄り添えないのです。ましてや「病気になったら、どんどん泣こう」ではじまるこの詩を送るのは大夫、勇気がいります。でも病気は闇に属しているのではないこと伝えたかったのです。この詩、『だいじょうぶだよ』女子パウロ会で収録されているものから変更があります。削られた部分(「病気になったら必ず治ると信じよう・・」の一フレーズ)がなくなってスッキリと病気の意味に出会える詩となったと思いました。

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気になる作家たち 山内節さん

内山節(うちやまたかし)さん 哲学者 1950年東京生まれ
オフィシャルHP http://www.uthp.net/index.htm

新聞の切り抜きを整理していたら、スクラップブックのサイズに入りきらないので、ブログに記録として残そうということで書いてます。関心をよせたい物書き考える人です。

日経新聞2009年1月29日の記事より大見出し「他者と結び合う試み:生計以外の仕事大切」

以下地の文より・・「働くこと、労働の意味は他者と結び合うことにある。それが今、どんどん失われている。結び合うことは他者と仕事を通して関係をもつことです」、ニートやフリーター問題にたいして、「彼らは他者との結びつきが断ち切られている」と懸念を示す。市場原理だけを純粋に押し進めると行きづまる。・・・内山さんは、高校卒業後、哲学研究と文筆で生計を立ててきた。大学教員になるまで組織に属したことはないそうだ。自然と人間が結びつき、人と人が支え合う新しい社会をつくる哲学の探究に乗り出している。」実践的、生きることを実生活で哲学している。他者との関わりについての思考、レヴィナスは超難解だったけど続けて考えたいテーマです。
たぶん年初め、そんな人との関わりに自分は関心をもち、その後、某雑誌で取材や記事をし、人から話を聞く楽しさ、人との接点の大切さを知ったのかも知れません。今年93歳の現役幼稚園園長の女性を取材しました。その方を紹介して下さった方々の人生の歩も魅力的でした。オーラル・ヒストリーって大切ですね。

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聖公会神学院 見学

「大きな図書館へ行くのもいいけど、小さい図書館には、その場にしかない、独特の魅力があります」

アドベント時期、神学校図書館員の仲間で、聖公会神学院図書館(用賀)を見学しました。聖公会はご存じ、キリスト教界の中で中道を歩む教派。その神学校は、3校(東京三一、聖教社、大阪三一)が合併して1911年に設立。戦時下政府による廃校などを経て1946年、「聖公会神学院」(Central Theological College)として復活、池袋、湯島そして1953年現在地に。校長先生から丁寧な聖公会教理と歴史の説明を受けました。
建物はコンクリートで半地下、白をベースとした館内は、採光もよく、レイアウトもすっきり。。蔵書は約三万冊(日本の神学校では大きいクラス)、館内PCで蔵書検索も完備されています。 分類はユニオン神学校分類。配架は混配(和洋書)、閲覧席は本棚付きで個人用机が数台、ガラス窓の近くにあり、ライトスタンドもあり使い勝手よくしてあります。

聖公会関係資料と旧NCC資料センターからやって来た社会問題関係資料や日韓キリスト教関係資料が目を引きます。隣接してアーカイヴス(収蔵室)があり、日本の聖公会史料が集まってきています。(聖公会は牛込本部でも充実した収集保存整理がなされています。)

帰り、用賀駅前でお茶会をしました。ちょうどそのビルでは、聖歌隊がクリスマスキャロルを歌っていました。夏のフォーラムからの近況やその日の感想など分かち合い、楽しい時でした。夏見学した聖三木図書館(四谷)の館員も今回参加してくれたのは私たちにとって大きな励まし。(図書館は、教派の壁を超えてます!!)レクチオ・ディビナ的読書を広げていきたいなど、この集まりの絆や目指すビジョン(相互協力のありかた)が徐々に確かにされてきています。来年の動きが楽しみです。

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つながること、浅さ

「人の心は、深くて、そして不思議なほど浅いのだと思います。きっと、その浅さで、人は生きてゆけるのでしょう。」 新しい旅 『旅をする木』p11星野道夫著(文春文庫)

こんな言葉に心が響いたこの秋の日々でした。それがようやく落ち着こうとしています。朝霜で気持ちいいほど固まった地面のように。

通勤の街歩きで、ふとした思い巡らしから、グリコのおまけ的発見がありました。まったく別々の出来事が結びついて、後ろに隠れていたムボーとした沼の中身が分かり、バラバラな色々が繋がったりする経験、ミステリー小説の結末を読み進めていく時の、伏線としてあの出来事とあの人物があったのかと因果関係や相関図が分かったような「しみじみ感」。(深い配慮と愛が隠されている)でも自分にとって意味深すぎる、当初はズッシリ、足取り重たく感じたものでした。

それは、逆に、毎日の実生活は、不連続やバラバラさの浅さで回っている、それでこそ生きていけるのではと感じる時でもあります。隠されていることそれだけの予感で一歩が前に踏み出せる。繋がりすぎる感ってしんどい。タイトに自分と向き合うって重たいことです。

意義深いことの「あいだ」、「あいだ」、に浅さがあって日々を歩めるなんて思うこの頃です。

すき間、間を意識する、空間をおく。そうすると、どこかから新鮮な風が吹いてくるような気がしてます。

最近、『神の現存の体験』ラウレンシオ修士(ブラザー・ローレンス)著を、敬愛する先生からもらい、読み始めました。

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テニスサークルの納会

満月の平日夜、ファミレス「ココス」で、所属しているテニスクラブの納会がおこなわれました。このクラブは、コーチ付きで週2回ナイターが出来き、月謝が安い地域密着型クラブ。参加者は中学生からご老人までと幅広ひろいです。4月から入会して、週2回(おおくは週1)、仕事場と家の往復の中での適度な刺激になってます。後半は、手首を痛めたり、テニスエルボーになったりして、健康のために始めたのが害となったりしてますが、ゆるやかなテニスレッスンは私にあっているようです。

納会は、地域の人とお近づきになれる会でもあります。退職して友達が少なくなるがいやなので入会した人、健康維持のため、など私より年長者も多く参考になる話が聞けました。こういう自主的な集まりで、日本人の人生とか時間の過ごし方、メンタリティが実感できるなとしみじみした次第です。一組、子育てが一段落して夫婦で入会してテニスにいそしんでいるなんてカップルがいました。とても素敵でした。(このクラブ創立29年、その間にクラブ員内で結婚したカップルも多いとか、まるで大学のサークルのような・・)ご夫妻と話すと結構、住まいが近いこと判明、レッスン時間以外でも近くのコートでテニスしましょうなんて展開に!

帰り道、「教会と地域」なんてことばが頭のどこかをよぎったのは、夜風が少し寒く感じたから?・・・・

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横浜美術館のマッサージチェア

 パシフィコ横浜で開催された図書館総合展へ行きました。フォーラムのひとつで利用者として報告。お借りしたノートPCでのパワーポイントでの説明、何とか無事終了しました。(オープンソース図書館システム「Enju」Next-L開発)同プロジェクトの皆さんと昼食を一緒にとりお話をお伺いしました。
 午後、「googleブックサーチ」や「10年後の図書館と大学」など興味深いフォーラムが沢山ありましたが、午前中にパワーを使い果たしたので雄松堂書店さんの横浜開港資料館史料説明、天理大のきりしたん文庫説明に参加しました。(「おらしょ」ラテン語祈りの響きは当時の信者にとって特別な力をもっていたとの解説はちょっと文学的で・・・でしたが)K大アーカイブズ、N神学校の方々と久々、再会。励まされました。その他、せっせと情報収集。
 帰り、昨年と同様、横浜美術館へ閉館前滑り込みセーフ。特別展示は「大・開港展」徳川将軍家や幕末明治の美術には興味はないけど、ここの常設展(コレクション展)はいつ観ても楽しい、写真部門もよし。2階のグランドギャラリー奥にはなんとマッサージチェアがありました。さっそく靴を脱いでスイッチON。天井には何やら光のアートが映され、どハ-とリラックスしました。この美術館のCafe小倉山やミュージアムショップはおしゃれ。ついつい買わされてしまいます。祖父の作品(ゴム印画)がこの美術館保存庫に眠っていて、お世話になっています。次回の東芋展、なにやら面白そうです。

横浜美術館
http://www.yaf.or.jp/yma/index.php

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家庭内足裏マッサージ リフレクソロジー(Reflexology)

「家族の会話を育む足裏マッサージ、家族の足裏って知っていますか。」

家族の2009年度上半期報告書、自分(父親)の欄に何か記入することがあるとしたら、真っ先に浮かぶのは「家庭内足裏マッサージ」かもしれません(妻と子は違うかもしれませんが・・)。これは、図書館バイトの韓国留学生に私がしてもらい、とっても気持ちよかったので、さっそくビデオ「足裏マッサージのやり方」を観て、子どもたちの足裏をもみ始めたというちょっとした出来事です。

週末、お風呂の後など、子ども部屋で子どもの足裏やふくらはぎを揉むんですが、その間、普段の学校や友達のことなど話ができて、いい親子の会話時間となっています。マッサージを受ける子どもは、ツボを刺激されて心がオープン、揉む私は足裏や揉手に集中してもっぱら聞き手にならざる終えないので、父親視線(説教くさい)が出ないのがいいようです。ティーンエイジの娘との親子関係に足裏マッサージ活躍中です。

先ほどの韓国人留学生は牧師を目指しているのですが、おとぼけで半分本気で「足裏マッサージ・カウンセリングなんてどうでしょう?」と聞きます。「いいんじゃない!」イエス・キリストは弟子の足を洗って、そのまた弟子は足裏マッサージをする。いいですね。家族内でのリフレクソロジー実践いかがですか。

昨日、子どもたちが属する一輪車サークルの地区大会がありました。練習をつんだ子どもたちとそれを支えてきた母親たちの会(こらこらと斜に観ているぞ!)。とにかくフィギア・スケートを観ているような華麗な演技、息のあったグループ演技など、その衣装がまた凝っていて、お母さんたちのオリジナル傑作です。父親としては、ビデオ撮りが精一杯でしたが、家族での帰り道、車中でさりげなくこの「足裏マッサージ」の話題がでて内心にんまりでありました。

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«辛淑玉さんは、腰まであった髪の毛をなぜ切ったのか。